無印都市の子ども

まなざしのゆくえ

STU48の名曲『暗闇』はもっと発見されるべき

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STU48のデビューシングル『暗闇』

STU48が『暗闇』でデビューしたのは2018年1月31日。実はその時点でぼくはこの記事を書き上げていたのだけど、あまり納得いかずにお蔵入りにしていた。どうせなにか書かなくてもこの曲は売れるだろうなんて思っていた。

しかし今になってもバズる様子はない。48Gが好きな人たちのあいだでは評価が高い楽曲ではあるが、その外側までは波及していかない。せっかくの名曲がこのまま腐っていくのはなかなか悲しいので、せめて自分のブログで「ええ曲なんやで」と発信していこうと思う。

 

一見すると大学名のようなSTU48秋葉原や栄など、48Gはこれまで都市を拠点としていたが、打って変わってSTU48は、海上を拠点とする“瀬戸内”の海を意味している。

都市から海上へ。その移行は、都市の中で多くの人を呼び込むための劇場から、海の上で限定された人だけを非日常へ誘う劇場への移行であり、つまりビジネスモデルがこれまでとは根本的に異なるのではと予想できるのだが、それはのちのち見えてくることとして。

 

 
  

暗闇

デビューシングルにしてはどこか暗い影を落とす『暗闇』というタイトルに、どうやらファンのあいだでは賛否が分かれているらしい。ぼくは友人と「これ、3、4枚目に出すシングルのタイトルだよね」なんて話していたが、これまでの経験則(AKBは予定調和の破壊、欅坂は“らしさ”の裏切りの連続である)から見て、このタイトルに対する違和感は、秋元康の本気度だと受け取れることができよう。

明治大正期の文豪(夏目漱石『明暗』、谷崎潤一郎細雪』、芥川龍之介『歯車』など)の小説のようにも思えるこのタイトルは、むしろ女の子たちの清楚な姿に奥行きを生むような絶妙な言語センスだとは考えられないだろうか。

ちなみに、太宰治のデビュー作品のタイトルは『晩年』である。『晩年』に比べられば、『暗闇』なんて全然暗くない。

 

 

秋元康の一人称

あくまでもぼくが考える基準であるが、歌詞を読み解く上で秋元康の本気度を測る指針として「どの一人称を起用しているか」というポイントがある。

秋元康が本気でいい曲を書くときは必ずと言っていいほど一人称は“僕”を採用している。(例外として『恋するフォーチュンクッキー』があるが、あれは指原莉乃のソロ曲『それでも好きだよ』の延長線上の意味合いが強いために一人称が“私”になっている。とぼくは勝手に解釈している)

『暗闇』もまた一人称に「僕」を起用しており、強烈なサビが強い印象を残す。

夜よ 僕を詩人にするな

綺麗事では終わりたくない

生きることに傷つきうろたえて

無様でいたい

なんというか、語弊を恐れずに言うと、秋元康が作詞でたまに見せるちょっと気持ち悪い部分が、ちゃんとモノになっているような気がする。

 

MV&アートワーク

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まだメンバーの知名度が0に近いために、ポスターやジャケットなどが果たすべき役割は大きい。坂道グループのクリエイションをそのまま移植したようなアートワークは、やはり2018年現在の正解だと言わざるをえない。そして美しい明朝体は、正統なアイドルであることを強く主張する。

少女邂逅」の枝優花監督を起用したMVは、少女たちの美しさを写しながらも、「波風立てない関係では本気になれない」と言わんばかりに、そこにある人間関係の揺らぎさえも捉えてしまう。

2018年7月14日現在、再生回数は約160万回再生であるが、楽曲の完成度から言うと欅坂46の『サイレント・マジョリティー』と同等のインパクトを世に残していてもおかしくない。おかしくないと思うんだよ…!

 

* * *

 

音楽に言葉を尽くしても仕方なくて、4分50秒の動画を見てもらう他ない。

どこかでガッと巻き返して欅の楽曲くらい認知されてほしい。そう思うくらい名曲だと思っているので、ぜひMVはフルサイズのまま残してほしいし、SpotifyApple Musicなどのサブスクで配信してほしい限りである。48Gと坂道のハイブリットな路線と、船上という新しいステージで、とんでもない発明をしてくれるのを気長に待とうと思う。

<了>

「暗闇」<TypeA>

「暗闇」

 

W杯は4年に一度やってこない - 大迫勇也と私

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日本代表に対する認識

日本代表はサッカー後進国であり、欧州や南米の国々から学ぶ立場にある。だからこそ日本代表の歴代監督にはオフト、トルシエジーコオシムザッケローニなど、外国人指導者が就任してきた。欧州の戦術や育成方法などを輸入し、その中で日本らしいサッカー像を形成しようと試行錯誤してきた。今はまだ目先の結果を求めるのではなく、経験を積み重ねていく過程にある国だとぼくは思っている。
歴代の外国人監督がそうであったように、ハリルホジッチもまた、新しい視点でもって日本代表をアップデートさせようとしてくれる監督であった。確かにハリルホジッチのサッカーが観ていて退屈なところはあったが、これまで90分で勝ち切れなかった豪州代表相手に結果も内容も優ったのは事実であるし、最低限のノルマである「W杯最終予選通過」もクリアしている。相手チームの特長を消し、戦術不全させることに定評のあるハリルホジッチ、彼がW杯の本番でコロンビア代表・セネガル代表・ポーランド代表という格上の国を相手にどのようなサッカーを見せてくれるか、いい意味でも悪い意味でも誰にもわからなかった。いや、いい意味に決まっている。前回大会に挑んだザッケローニ監督率いる日本代表は、スターティングメンバーや戦術がW杯の随分前からほぼ固定されていたからこそ、W杯本番で相手国に攻略されて機能不全と化した。その反省を踏まえてのハリルホジッチであるのだから、W杯でどう出るか分からないことはいいことだ。
ハリルホジッチが用意するサプライズはどのようなものか。それがW杯で通用したらもちろん万々歳だが、仮にしなかったとしても次に繋がるひとつの経験となることは確かだ。私たちは自国の代表がW杯に出場することを喜びながら、ただW杯の開幕を待つばかりであった。決してサッカー事情に詳しいわけでもない僕は、そういう認識でいた。

 

しかしご存知の通り、ハリルホジッチは日本代表監督を解任された。
理由はコミュニケーション不足。決断を下した田嶋会長の意味不明さ、日本サッカー協会内での派閥争い、大手スポンサーによる圧力、ベテラン選手の叛逆など、飛び交う事実と憶測については端折るが、正当な決断ではなかったことは確かだった。
ハリルホジッチがW杯に向けて用意していたものがどういったものだったのか、それはW杯で通用するものだったのか、それは今後の日本代表にとって何かを示唆するものだったのか。今となっては、もう誰にもわからない。
ハリルホジッチがこの6月のためにおこなってきた2年間の仕事のほとんどが、一瞬にして塵となった。(すべてとは言わない。ハリルホジッチが代表選手や日本サポーターに残したものは確実にある)
急遽代表監督となった西野朗は、ハリルホジッチ体制ではメンバー入りが危ぶまれていたベテラン勢(本田圭佑岡崎慎司など)をW杯メンバーに招集し、海外クラブで活躍する若手選手(中島翔哉久保裕也など)をW杯メンバーから落とした。
ただでさえ格上の国が4年間(あるいはそれ以上の期間を)積み上げてきたチームを相手に、日本代表はたった2ヶ月で数回の強化試合を経て、ほぼぶっつけ本番のチームで挑む。目をつぶって思いっきりバットを振って、まぐれでヒットになることを祈るような状況だ。仮にW杯でいくつかの勝利をしたとしても、次に繋がるものは何もない。目をつぶってバットを振った経験が、次の打席で何かの参考になるわけがない。未来に残せるものは何もない。日本代表にとって、ただ意味のないW杯になることが決まってしまった。
むしろ惨敗してくれたほうが「やっぱりW杯直前の解任は何があっても良くないよね」という教訓を残すことができる。そう考える人も少なくない。
日本には勝ってほしいけど、日本代表の未来のことを考えると負けてくれたほうがいい。自国の代表を素直に応援できない。純粋に勝利を喜べない。敗北を普通に悲しめない。こんな経験は初めてだ。苦いW杯になると思うと、今から十分つらかった。

 

 

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おれたち世代のスター - 大迫勇也

そんなことを考えているうちに、日本代表は強化試合を終え、ついにW杯本番を残すのみとなった。(つい先ほどパラグアイ戦を終え、試合終了からそのままiPhoneで書き始めたのは、ぼくの中でふわついていた気持ちがひとつ固まったからだ。
結論を言うと、ぼくは日本代表を応援しようと思う。いろいろあるけど、それでもやっぱり応援しようと思う。

 

今回の日本代表に選ばれたメンバーの中に、大迫勇也という選手がいる。ぼくと同い年1990年生まれである彼は「高校サッカーの歴代得点王」という輝かしい記録を持っている、名実ともに「おれたちの世代のスター」だ。
高校卒業後は鹿島アントラーズに入団、今はドイツのブンデスリーガで活躍していて、日本を代表するストライカーに順調に成長していった。

彼は今回のW杯を、かなり好調なまま迎えようとしている。(パラグアイ戦で少し負傷したようだが問題はなさそうだ)コンディションの良さは本人の努力はもちろんだが、運の要素も大きい。27歳。彼にとって2回目のW杯だ。1回目は無得点のまま大会を去った。
他のスポーツに比べてキャリアの短いサッカー選手にとって、脂の乗り切った時期に4年に一度のW杯がやってくるのは生涯に1度か2度くらいだ。4年後にまた大迫勇也がW杯の切符を手にすることができるとは限らない。タイミング悪く怪我することだってある。(もちろん大迫勇也だけじゃない。柴崎岳乾貴士だって、今回がキャリアのピークにやってくるW杯としては最初で最後である可能性が高い。ただ、ぼくにとって自分と重ねて見てしまうのはやはり大迫勇也だ)
観戦するだけのぼくたちにとっては、W杯は4年後にも確実にあって、8年後12年後16年後にだってきっとあるだろう。だけど、自分と同い年の彼が、「おれたちの世代のスター」が、万全の状態でW杯に挑むことができるのはきっと今回だけだ。それを、協会が悪い!監督が悪い!ベテランが悪い!と叫ぶことに必死になりすぎて、あってもなくてもいいような舞台にしてしまっていいのか。

そう思うようになってからは、負けたほうがいいなんてもう言えなくなってしまった。
下手くそなりにボールを蹴り続けていた小学生の自分が見つめていた先に、いま大迫勇也が立っている。青いユニフォームを着る彼の姿は、自分たちの世代の夢の結晶であり、なりたかった自分自身の姿を投影する鏡だ。
負けたほうがいいなんて、自分の世代をドブに捨てるような発言はもうしないでおきたい。

 

* * *

 

やっぱりと言えばやっぱりなのだけど、ぼくは日本代表を応援したい。

結局は赤の他人であるところのスポーツ選手を応援することの意味を、話したこともない同い年に夢を託すことの意味を、ぼくは大迫勇也を通じて考える。

彼らが日本代表として背負うのは、はたして国家なのだろうか。ありえたかもしれない誰かの夢を背負い、ありえるはずもないぼくたちの夢さえも背負う。私たちにとって、代表選手がゴールを決める姿は自分の姿だし、痛恨のミスをおかす姿もまた、自分の姿であると感じる。

大迫勇也が自分の力を出し切れたならそれでいい。満足のいくプレーができたらそれでいい。

W杯は4年に一度やってくるけど、彼らにW杯は4年に一度やってこない。

<了>