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無印都市の子ども @shiomiLP

平成ポップカルチャー と インターネット自由研究

角川文庫カドフェスのアートワークに見る“想像力の欠如”

 

すっかり秋になり、書店から夏の文庫フェアがぽつぽつと姿を消し始めていますね。

 

新潮文庫夏の100冊
http://100satsu.com/

角川文庫カドフェス
http://www.kadokawa.co.jp/hakken/kadofes/summer/top/index.php

集英社文庫ナツイチ
http://natsuichi.shueisha.co.jp/

 

新潮社も集英社もポップな色使いとかわいいキャラクターを使って若い層にアプローチしたものになっていますが、中でも角川文庫【カドフェス】は、ちょうど今年の夏に公開したアニメ映画『バケモノの子』とコラボしていて、他の出版社に比べても尚一層より若い読者にアプローチしたつくりになっていました。

 

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『バケモノ子』に登場する主要キャラクターたちが文庫を読んでいるアートワーク。

このコラボレーションのアートワークに、企画者の思想というか、考えがないことが若干気になってしまいました。すごく細かい話で恐縮なのですが、文庫本を手に持つのは主人公の九太や楓だけで良かったんじゃないかと思うのです。

 

 

バケモノの子

まず『バケモノの子』という映画の説明から簡単にすると、両親を失った少年・九太が家出をし、1人ぼっちで渋谷の片隅にうずくまっている時にこの世のものではないバケモノと出会い、人間が足を踏み入れてはいけない異界(バケモノの世界)に迷い込んでしまう。現世に戻っても行き場のない九太はその異界で生きていくことを決意し、バケモノ・熊徹を親とし、成長していくというお話。

この物語の中で小説が重要な役割を果たします。

17歳になった時に九太は現世へ戻り、図書館で本を手に取るが、9歳から異界で育っている彼にはほとんどの漢字が読めない。そこで、図書館で出会った少女・楓に勉強を教わりながらハーマン・メルヴィルの名作『白鯨』を読み解いていく。

 

ここで大切な決まり事は、九太が現世でのめり込んでいく“知的冒険“に、親であるバケモノ熊徹が介入できないこと。

むしろ、九太が異界に持ち込んだ参考書を発見したバケモノ熊徹は怒りを露わにする。つまり親に隠れて、親の目が届かない世界を冒険する象徴が『白鯨』であり、つまりは読書でした。

 

 

カドフェスのキャッチコピー

【カドフェス】の冊子には『自分を変えろ。夏を変えろ。 』と短いコピーがゴシック体で書かれていますが、実はもう少し長いものがあります。

夏は、時間をくれる。自分を変えるチャンスになる。
本は、言葉をくれる。知らない世界を教えてくれる。
この夏を超えた時、もっと強くなれるように。
いつもと違う夏にしよう。

 

ひとりで物語に没入することを「少年少女の夏の(知的)冒険」に例えるのなら、その少年少女の傍に親がいてはいけない。

僕としての答えは、バケモノの隣で九太が文庫を開いているアートワークで良かったと思います。

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バケモノ熊徹が文庫を持っていなければ良かった。

 

* * *

 

そんな細かいことは別にどうでもいいことかもしれないけれど、たぶん子供は感じ取ってしまうと思うんですよね。

映画『バケモノの子』とコラボすることになったからただてきとうに映画のキャラクターたちに文庫持たせておけばいいだろうという安易な考えが透けて見える。

そこに含まれる意味や読みとられる物語を考えずに作っていては、子どもの想像力にはきっと見抜かれてしまうよ。

<了>

 

バケモノの子 絵コンテ 細田守 (ANIMESTYLE ARCHIVE)

バケモノの子 絵コンテ 細田守 (ANIMESTYLE ARCHIVE)

 

 

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