無印都市の子ども

文学と音楽とポップカルチャー系

坂元裕二『anone』第2話 - 共犯者になった夜

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紙切れ

カレー屋の焼うどん。林田亜乃音(田中裕子)が焼きはらう札束。ティッシュ配りの寿さんの手から差し出される肉まん。

「世界の裏側を垣間見えたんですよ」 

世界には裏メニューがあって、馬鹿正直に並んでいる人には見えない裏の世界のルールがある。「並んで待っている人は負けである」という言葉は、自分よりも優れていない社員たちがどんどん出世していくのを横目に見ていた青羽るい子(小林聡美)だからこそ説得力を持つ。青羽るい子はドミノ倒しのように並んで生きてきて、気がつけばそういう社会にはじき出されていたのだ。

そして持本舵(阿部サダヲ)も現在進行形で社会に負けていく。持本舵、自分の人生の舵を持てない彼にはあまりに皮肉な名前だ。

第1話で「平凡な日であったのに床下から偽札を見つけてしまう林田亜乃音」や、第2話の「強盗が入ってきたことに気づかないハリカ(広瀬すず)」のすぐそばには、いつも猫がいた。非日常への使者としての猫が、彼女たちを世界の裏側へと誘うのだ。

しかし坂元裕二は、そんな非日常ではなく、日常を豊かにするなにかに対してノーベル賞を送りたいと言う。布団と枕を発明した人、誕生日ケーキにロウソクを立てるって決めた人、シャワーにシャワーと名付けた人。もちろん、この場合のノーベル賞は社会的な名誉の話ではない。どちらかと言えば「よくできました」のスタンプのようなものに近いだろう。

しかしそんな日常を積み重ねは脆く崩れ去る。大量の偽札。土地の契約書。メアドの走り書き。そんな紙切れたちに、人生はやられてしまう。大切なものを大切にして生きていきたいだけなのに、紙切れをピッと差し出されただけで、気づけば大切なものを奪い去っていくのだ。母親のような顔をして。あるいは親友のような顔をして。

(本当は、お布団ではしゃぐ広瀬すずの愛らしさにこそノーベル賞を与えられるべきあるとぼくは思う。布団もそう思っているからこそ、広瀬すずを離さなかったのだろう。異論は認めない。)

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共犯者になった夜

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第2話で語るべきは、やはり林田亜乃音とハリカが共犯者となる夜だろう。

林田印刷所にやってきたハリカは、電灯を点けようと右往左往する。林田亜乃音から「あっちです…」「右の下から二番目…」と指示を受けてようやく蛍光灯が灯る。この一見無駄なやりとりは、その夜に印刷機を起動させたときの「ポンプのボタンを押してくれる?!」「はい!」というやりとりと対応している。それぞれにふたりの距離感が滲み出ているのだ。昼間の時点では他人であり、契約を試みようとしていた関係のふたり。それが夜には共犯者であり、それぞれの秘めた悲しみを打ち明けあう関係になる。

林田亜乃音は娘と孫の写真を眺めながら、ハリカに対して自身の心情を語り出してしまう。ハリカもそれに対して、同じ体温で自身の物語で打ち返す。

誰から産まれたかってそんなに大事なことかなぁ
たった10ヶ月お腹にいただけでしょう?

『カルテット』第3話然り、『anone』第2話然り、坂元裕二は実の親/実の子を超えていくロジックを、物語を通して提示していく。テレビドラマや歌謡曲で示される新しい価値観は、いつか実社会にも実装されたりするものだ。社会の消えないバケモノを回避する呪文を、呪いを解く魔法を、物語を通じて頭に何度も刷り込んで、いつしか社会にインストールされていく。きっとこれまでも、そうやって解かれた偏見や違和感は、たくさんあるのだろうと思う。*1

 印刷した一万円札を切り刻んで捨てる作業の中、諭吉で遊んだり、すれ違うときにハイタッチする姿は、仲のいい親子そのものだった。ふたりで偽札を刷ることが重要で、それによってふたりは共犯者になる。大きな秘密を共有することで、ふたりは親子になる。

 

眠っていた大きな印刷機を起動させ、ハリカにボタンを押させることで偽札の印刷が始まる。印刷機の轟音と同時に、パソコン上では林田亜乃音の知らない時間(夫と娘と孫が動物園へ出掛けたときの動画)が再生される。視覚と聴覚と田中裕子の演技によって、林田亜乃音の心情がエモーショナルに表現されていく。

印刷された偽札の具合を確かめるため、林田亜乃音はパソコンのスイッチを押して画面を消すが、あくまでも液晶画面のスイッチを消しただけであり、パソコンは起動されたままであるし、あの動画は再生されたままだ。

そうか、そういえば、自分には見えないところであっても娘の時間が再生されていることを、彼女は踊り出したいくらいに嬉しく思ったのだった。

 

 

”また”娘に裏切られた

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林田亜乃音が夜に帰宅すると、扉が開いたままで、部屋の中は荒らされていた。掃除と猫の餌やりを任せたハリカの姿はそこにない。

実際は誘拐されたのだが、林田亜乃音はきっと「ハリカに裏切られた」と考えただろう。布団に座り込んで「よいしょ…」と呟く林田亜乃音、その背中が語る田中裕子の演技はやはり別格。

ショックを受けながらも妙に落ち着いた様子なのは、娘に逃げられたのは二度目であるからだ。一度目は19年間育てた娘。二度目は一夜だけの娘。

人は手に入ったものじゃなくて手に入らなかったものでできてる

またひとつ、林田亜乃音を形成する喪失がここで産まれる。秘めたる悲しみはより深く、人に対する壁はより厚くなる。

この先の展開でハリカに裏切られたという誤解は解けるだろうけど、きっとそれ以上に林田亜乃音を救う道を坂元裕二は示してくれるだろう。それはたぶん、日常の中に潜んでいる。

<了>

第1話

第1話

 

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↓最新話は下のリンクから視聴できます。

  

*1:近年で言えばLGBTに対する追い風を感じる。