無印都市の子ども

ポップカルチャーの極北

(Gray)Dust in the wind

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思い出や言葉が頭に留まらないことは、子どものころからなんとなくわかっていた。クラスのだれよりも九九を覚えるのが遅かったし、歴史年表や方程式もテストを終えたらすぐにパッと消えてしまっていることはわかっていた。今にして思えば国語は比較的できていたように思うけど、漢字の読み書きがいつも壊滅的なのでテストの点数がよかったわけではなかった。学年が上がるたびに担任から「ケアレスミスが多い」と指摘された。どこに遠足に行ったとか、あの海に誰と行ったとか、そういうことも忘れた。人の名前と顔なんて思い出せる人のほうがずっと少ない。小中高でそれぞれ何組だったかひとつも思い出せない。確か小1のときは7組だった気がするが確信は持てない。5年間いっしょに働いた人の名前を、退職して半年で出てこなくなった。好きな人の誕生日を忘れてしまう。好きな人のアレルギーを忘れてしまう。何を観ても何を読んでも何を言っても、すべて散ってしまうから意味がなかった。どうせいつか忘れるよといつも心の隅で考えている。だれかが自分のことを憶えてくれていることは嬉しい反面、申し訳ない気持ちになる。なぜならぼくはあなたのことをもう忘れてしまっている。あらゆる嬉しいこととあらゆる悲しいことをストックできずに、なにもかもフローとして扱ってしまう脳がいろんなことを諦めさせた。自分のからだを風が通り抜ける。

 

学校終わりに友達と遊ぶのが死ぬほど嫌だった。会社終わりに飲みに誘われるのが吐くほどつらい。彼らのことが嫌いなわけじゃないし、行ったら行ったで楽しいんだけど。子どもの頃からの訓練のおかげで、誘われた瞬間に言い訳を探すようになった。ひとりでどこかに出掛けるにしても、その予定を立てることとひどく疲れてしまう。自分が行きたくて思い立った癖に、もう行かないほうがいいんじゃないかとすら思えてくる。そして実際に行かないこともある。とにかく予定が入ると酷く億劫になる。それが人と会うことであれ、遊びであれ、当日までずっと憂鬱になる。〆切も苦手だ。執筆依頼を受けた瞬間からずっとそのことを考え続けているのに直前まで手を動かせない。もういい加減やばいって時期になった頃に書き始めるが、その頃にはもうひどく疲れている。本当はもっと早くから準備して、完璧だと思えたものをどーんと提出したい。原稿料が5000円だろうと3万円だろうとその気持ちに変わりはない。期待されると嬉しいが、誰かの期待を裏切るのは怖い。裏切りはいつだって悪意ではなく怠慢から始まる。だれかが幻滅するリアクションをみると立ち直れなくなる。なのに、そのための準備ができない。なんとかぎりぎりで提出したものに対して、好意的なコメントをもらっても、自分自身はその成果物に自信がないのでぜんぶ嘘に聞こえてしまう。気を遣われているんだと思ってまた自己嫌悪になる。消えたくなる。ぱっ。

好きなものや愛しているもののすべてがどうでもよくなって、自分から突き飛ばしてしまうことがある。両手でどんと突き飛ばして、しかし崖の下に落ちるのはいつも自分のほうだった。それでよかった。好きな人やものを意図的に傷つけることはできなかった。昔好きだったものといま関心あるものは全然違うが、昔好きだったものを嫌いになることは一度もなかった。昔好きだったものを、だれかが愛でていることを知っても、それは共通点として成立しない。ああそれ俺も好きだった、過去形だ、手放してしまった、自分のなかには塵もカケラも残っていない、ただ通り抜けただけ、情熱も憶えていない。

そしてようやく自分を救済してくれたインターネットのことを、SNSのことを、ブログのことを、そこで出会ったひとたちのことを、また突き飛ばしてしまうような予感に満ちている。もともと更新頻度は高くないが、それなりに継続できていたブログを9ヶ月間も更新できていない。いま使っているこの名前も、きっとすごい早さで忘れて、いつかふいにブラウザのブックマークか何かをきっかけに思い出して、あんなに恵まれていたのにどうしてあのとき手放してしまったのだろうかと崖の下で泣くのだ。知ってる。そういうことは何度もあったし、そのなかのいくつかは忘れてしまっている。

忘れないことが愛していたことの証明であるとしたら、ぼくは何も愛せていない。海辺で手を振るあなたに「いつまでも忘れないよ」と誓うことはできないから、「いつまでも忘れないでくれ」とは死んでも言えない。