朝井リョウさんの新作『世界地図の下書き』がとても良かったので感想書きます。
直木賞第一作が近藤勝也(ジブリ)の装丁なんてズルい!笑
- 作者: 朝井リョウ
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2013/07/05
- メディア: 単行本
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児童養護施設に暮らす子どもたちのお話。
「青葉おひさまの家」で暮らす子どもたち。
夏祭り、運動会、クリスマス。そして迎える、大切な人との別れ。
さよならの日に向けて、4人の小学生が計画した「作戦」とは……?
児童養護施設と教室を舞台に、それぞれ事情を抱える子供たちを描いた長編小説です。
第一章『三年前』は、両親を失った主人公が施設にやってきたところから物語が始まります。その中で特にすごいと思ったのは、新しい環境に放り込まれた男の子の不安感を上手に描写*1していること。
トイレに行きたいけど「トイレどこ?」と訊けないことや、かつての環境に戻ることはできないと実感する瞬間。
そういった不安が過る一瞬一瞬に感じる体温の変化や指の震え方などを思い出させる描写だなぁと思いました。その身体的な変化に釣られて、読者は不安感や絶望感を思い出す。
物語全体を通してどちらかというと「負の感情」の描写が多いのですが、《いつかどこかで自分も思ったこと/感じたことがある感情だけど、誰かと共有できるとは思っていなかった弱い感情》、そういうものを小説の中で見つけた時に僕は泣きそうになる。
本好きの人間がたまに口にする「小説に救われた」という経験の多くは、こういった《弱さ》を共有できた瞬間のことだと僕は思うのです。そして『世界地図の下書き』には確かにその《弱さ》が描かれていたし、それは僕の知っている《弱さ》で、きっと誰かも経験したことのある《弱さ》だと、信じたい。
逃げる事
朝井リョウさんがインタビューの中で語っていますが、いじめや虐待などの「死ぬほど生きづらい場所」にいる子どもたちに、“逃げる”または“生きる場所を変える”という選択肢が存在することを示唆するエンディングになっています。
いじめや体罰などで自殺したというニュースを知る度に、“逃げる”という選択肢を取ってほしい、と僕も切に思います。部活だって辞めちゃえばいい。
でも、やっぱりそれは難しい。
小中学生の時を思い返すと、もっともっと《教室は世界のすべて》という感覚に満ちていたはずだと思うのです。
本作の登場人物にはその感覚が薄い。*2
世界の広さを知っていて世界を俯瞰できる大人だからこそ“逃げる”“場所を変える”という選択肢/手続きは簡単に言えるわけで、《教室が世界のすべて》である子どもからすると、それは文字通り「平行世界へ移行する」くらいに大事(おおごと)だと思うのです。
同じような世界だけど、全然違う世界で、もう一度やり直せたら、それは素晴らしいと思う。でも、
いじめられてつらかったら何で逃げないんだ!とか、転校すればいいじゃん!とか言うのもそうなんだけど、実際にいじめられて、じぶんの人としての尊厳をすべて奪われてしまった子どもには、そんなパワーも希望も、もう残ってないよ
— はるかぜちゃん✿春名風花 (@harukazechan) 2013, 7月 12
そんな力は残っているだろうか。
朝井リョウはもっと子どもの視点から物事を見ることができる作家だと思っていたけど、『世界地図の下書き』が最後に示す答えは、大人の視線の高さから考えられた答えであると感じ、そのことが唯一残念だと感じた点でした。
僕がこれまで朝井リョウを読んでこなかった理由
白状してしまうと、僕がこれまで朝井リョウの作品を読んでこなかった理由は、単純に嫉妬していたからです。
「なぜ自分よりもイケメンで、高学歴で、いい会社に勤めていて、溢れるほどの才能を持ち合わせている同世代の男子に印税払わなきゃいけないんだ!」という葛藤を乗り越えて『世界地図の下書き』を買った。すごいわ、朝井リョウすごい。もう泣きそう。 pic.twitter.com/Xq0Ll4lR1K
— 潮見惣右介 (@shiomiLP) 2013, 7月 12
大学在学中にデビューしたり、最年少で直木賞取ってしまったり、文学青年が妄想するようなことをすべて叶えてゆき、今週の日曜日には『情熱大陸』にも出演するっていうんだから、ホントまじでムカつくよね!っていう笑。
でもそんなジェラシーを感じているのはきっと僕だけではなくて、多くの文学青年(女性も?)が持っている感情です。「朝井リョウ 嫉妬」でTwitter検索するといろいろドス黒い感情が垣間見えたのでオススメ。
朝井リョウさんになぜか勝手にジェラシーを感じているうちの男子が、『「世界地図の下書き」…すげぇいいタイトルだな』って。思わずほめちゃってたな。
— 有楽町三省堂書店 (@yrakch_sanseido) 2013, 7月 4
嫉妬というのはある程度力の差が近い相手に対して抱く感情で、『桐島、部活辞めるってよ』を立ち読みした時は文章が特別うまいとは感じなかったし、自惚れたことを言うと「これくらいなら俺にだって書けるよ、へへ」とか思っていました。(今でもちょっと思ってるけど)
でも今回、そんな感情が消えるくらいに『世界地図の下書き』は素晴らしかった。それはつまり「思っていたよりも、もっと高い位置に朝井リョウはいるのだ」ということです。そのことを確認できたので、嫉妬心なく落ち着いて『情熱大陸』を視聴できそうです。
嫉妬について色々書いたけど、僕がもっとも羨ましいと思う点は、普段小説を読まないような若い人間に作品を届けることができていることです。
朝井リョウについて書いた僕のTweetをRTやふぁぼしてくれた人のプロフィールを見ると、高校生だったり、プリクラアイコンだったり…。いつもの文学クラスタとは明らかに異なるタイプの人達で、これこそ彼の持つ一番の才能だと思います。他のどの作家よりも明らかに“未来”を背負っている作家だと感じました。
<了>
- 作者: 朝井リョウ
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- 発売日: 2013/07/05
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